芸術・自然・歴史の融合/公益財団法人 本間美術館

公益財団法人 本間美術館Hommna Museum of Art

コラム

series:戦没画家 岡部敏也の芸術 1/4

学芸員:阿部 誠司

約20年ぶりの展覧会で再注目されている岡部敏也。
彼の人生と、生そのものであった作品についてご紹介するシリーズです。

 

第1部:酒田に生まれ、その才能が開花した10代

岡部敏也は、染物屋を営む父と刺繍の先生をする母のもとに生まれます。
特に父親は、染物の下絵も自ら描くなど書画に巧みで、俳句や短歌も嗜む人物でした。
この様な環境で育った敏也は、幼少の頃から画家としての才能を見せていたと言います。

 

小学校五年生(11歳)で地元の日本画家・田中恵泉に師事し、みるみるうちに腕を上げました。
酒田商業学校を卒業するまでの間に幾多の賞を受賞しています。

DSC04789 11歳~12歳の頃の作品

DSC04796 DSC04797 ≪元服≫ 11歳

DSC04798 ≪大黒≫ 12歳  DSC04799 ≪鐘馗≫ 12歳

DSC04800 ≪勿来の関(関越之図)≫ 12歳

 

師匠の手ほどきを受けながら伝統的な日本画の基礎を学んだ敏也は、
子どもとは思えない画力で周囲を驚かせました。

そして13歳の時、光丘文庫の依頼で《素戔鳴尊東征図》を描き、秩父宮殿下御夫妻の台覧に供するという大役を果たしています。

 

 

10代の代表作、≪木蓮≫と≪出陣≫

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16歳の時に描いた≪木蓮≫は全国中等学校美術展で入選した作品で、初めて敏也の絵が公に評価された作品です。

木蓮  DSC04801
10代前半の古典的な画風とは違い、対象をよく観察し、色彩や光を工夫しているのが分かります。
この色彩感覚、透明感は20代の作品にもつながるものです。

 

 

17歳で描いた≪出陣(斎藤別当実盛出陣之図)≫は、酒田商業学校時代に夏休みの研究として描かれもので、
酒田の方にとって、岡部敏也の作品というと本作を思い浮かべ方も多いと思います。

img11  DSC04805

 

本作を描くまでに敏也は光丘文庫(図書館)に通い、斎藤別当実盛について深く知り、
当時の武具を細部まで写し、各部の名称も知らべ書き加えるなど、大人の画家と同じように下調べをしました。

DSC04804  DSC04803

DSC04802  ≪夏休みの研究≫(12ページ)より

 

≪出陣(斎藤別当実盛出陣之図)≫を、歴史的事実に基づいた迫真的な絵画…と評してしまえばそれまでですが、
この画題と敏也の生きた時代を考えれば、本作がなぜ人を惹きつけるのかが見えてくるようです。

斎藤別当実盛とは、平安時代後期の武士で『平家物語』にも登場する人物です。
はじめ源義朝に仕え、のちに平宗盛に仕えました。
加賀篠原の戦いでは、討ち死にを覚悟し老武者と侮られぬよう白髪を染めて出陣します。

敏也の生きた時代、男子はみな兵隊になるのだと教えられ、
暗黙のうちに戦争へ行くことが当たり前になっていました。

討ち死覚悟で白髪を黒く染め、馬にまたがり勇ましく出陣する実盛の姿を、
17歳という過敏な時期に描いていることが、本作に描画以上の迫真性を与えているのではないでしょうか。

17歳 岡部敏也 17歳

 

 

最後に、この時期の作品を評した言葉をご紹介します。

思ったよりはるかに丹念綿密な仕事ぶりであって、しかも瑞々しい精気が運筆のなかから走りでている。
酒田商業三年十六歳の「木蓮」、同四年十七歳の「出陣」という題の武者絵などの少年時代の作品において、
それはすでにくっきりと感じとれる。
すなわち、どう疑いようもなく生まれついての画家というほかにはない。
じつにすこやかで透明な光が刺し貫いてくる。見るものはふうっと溜め息をもらすほかにない。

『祈りの画集 戦没画学生の記録』取材記Ⅱ 宗左近著 より

 

 

第2部につづく…

 

2016.08.06


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