公益財団法人 本間美術館は、「公益」の精神を今に伝え、近世の古美術から現代美術、別荘「清遠閣」の緻密な木造建築の美、「鶴舞園」、さらには北前船の残した湊町酒田の歴史まで楽しめる芸術・自然・歴史の融合した別天地。

公益財団法人 本間美術館

Homma Museum of Art芸術・自然・歴史の融合/公益財団法人 本間美術館

コラム

公益財団法人 本間美術館 [山形県 酒田市] > コラム

江戸絵画史の流れ Part①

学芸員:須藤 崇

太平の世となった江戸時代は、多くの個性的な画家が登場し多彩な絵画が生み出された、まさに百花繚乱ともいうべき様相を呈した時代です。
開催中の開館70周年記念特別展「江戸絵画の魅力」では、当館が所蔵する江戸絵画の名品と郷土に伝わった優品の数々、全47点を展示しています。
このコラムでは、17世紀初頭から19世紀後半に至るまでの約260年間の江戸時代の絵画史の大きな流れを、展示作品を通して紹介します。
第1回目は、【江戸時代前期-17世紀初頭から18世紀初頭まで-】についてです。

江戸時代前期は、瀟洒淡麗と呼ばれる新様式を確立し、粉本主義を基礎とした狩野探幽をはじめとする狩野派を中心に、やまと絵の伝統を継承する土佐光起らの土佐派、新しい装飾美を展開した尾形光琳らの琳派などが活躍した時代です。

■狩野派
狩野派は、室町時代から明治時代に至るまでの約400年間にわたって近世日本画壇の中心的な存在であった漢画系流派です。その狩野派の江戸時代における礎を築いたのが狩野探幽(1602~74)でした。江戸時代初期、探幽はわずか16歳で江戸幕府の御用絵師となり、瀟洒淡麗と称される新様式、江戸狩野様式を創造します。この探幽の創造した新様式は、狩野派の規範となり、江戸時代を通して大きな影響力を与えました。

狩野探幽《瀟湘八景図巻》 正保元年~慶安3年(1644~50)頃
瀟湘八景図とは、中国・湖南省の洞庭湖周辺の8つの景勝地を描いたもので、日本の画人に大変好まれた画題です。探幽は、ぼかしを巧みにもちいて、穏やかで落ち着いた味わいの画面をつくりだしています。

 

■土佐派
土佐派は、平安時代から続く「やまと絵」の伝統を継承する流派です。代々宮廷絵師(宮廷絵所預)を務めていた土佐派は、桃山時代にその地位を失い、窮地に立たされます。そのような状況下で、宮廷絵師の地位に復帰して土佐派を再興させたのが土佐光起(1617-91)でした。光起は、父祖伝来のやまと絵の伝統を守る一方で、狩野派の画風を取り込み、江戸時代の流行に合った画風を確立しています。

  

伝土佐光起《菊慈童図》 江戸時代前期 酒田指定文化財 ※個人蔵
本図は、経文を書いた菊の葉からこぼれた露を飲んで、不老不死になったという中国の物語に登場する菊慈童を描いたものです。江戸時代前期らしい簡潔な描写が特徴です。

 

■琳派
琳派は、江戸時代初期の京都で俵屋宗達(生没年不詳)が確立した優美で装飾的な画風を継承・発展させた流派です。直接的な師弟関係はなく、宗達が興した琳派の画風は、尾形光琳(1658~1716)、酒井抱一(1761~1828)へと時代を越えて受け継がれています。作品は大胆な構成と卓越した技法で装飾性に満ちており、絵画だけではなく、書や工芸も手掛けているのが特徴です。

宗達派(「伊年」印)《紫陽花図》 江戸時代前期 ※個人蔵
本図に捺された「伊年」という印は宗達の工房「俵屋」の商標的な印章で、本図は宗達周辺の画家が描いたものだと思われます。紫陽花の清新でみずみずしい色彩、絵具のにじみを生かした「たらしこみ」の技法をよく示した作品です。

尾形光琳《大黒天図》 宝永5年(1708)
絢爛豪華な大作で知られる尾形光琳ですが、一方では、雪舟や雪村の絵画も研究しており、本図のような水墨画も多く描いています。のちに酒井抱一が光琳の作品を収録した『光琳百図』に収録されている《大黒天図》ともよく似た構図で描かれています。

 

■長崎派
長崎派は、江戸時代の長崎を中心に興った諸画派の総称です。鎖国体制下の江戸時代、外国との唯一の門戸であった長崎には、さまざまな異国の絵画が伝えられ、その影響により新画風が興りました。江戸時代前期には喜多元規に代表される「黄檗派」、江戸時代中期には清人画家・沈南蘋によって伝えられた写生画法の「南蘋派」、清人画家・伊孚九らによって伝えられた「南宗画派」など、長崎派の絵画は、上方や江戸の画家たちに多大な影響を与え、新しい画風を生み出す源流となりました。

喜多元規《隠元隆琦像》 寛文11年(1671)頃 酒田市指定文化財
日本の黄檗宗の開祖として中国より渡来した隠元隆琦の肖像画です。喜多元規は、長崎派の代表的な黄檗画像の画家で、強い陰影表現と細かい描写によって像主の容貌を生々しくとらえた作品を描いています。

 

小原慶山《異人形容図巻》(部分) 江戸時代前~中期 酒田市指定文化財
小原慶山(?~1733)は、異国から舶来した絵画の鑑定や鳥獣などを記録・写生する「唐絵目利」という役職についていた長崎派の画家です。本図巻は、異国人の形容の写生図を描き台覧(身分の上位の人が見ること)に備えよという幕府の命が長崎奉行所に下り、小原慶山に古い異人写生図から模写をさせ、それを一巻にまとめたものです。享保3年(1718)3月19日に幕府に献上されました。

 

次回は、【江戸時代中期-18世紀初頭から18世紀末まで-】について紹介します。

2017.08.09