公益財団法人 本間美術館は、「公益」の精神を今に伝え、近世の古美術から現代美術、別荘「清遠閣」の緻密な木造建築の美、「鶴舞園」、さらには北前船の残した湊町酒田の歴史まで楽しめる芸術・自然・歴史の融合した別天地。

公益財団法人 本間美術館

Homma Museum of Art芸術・自然・歴史の融合/公益財団法人 本間美術館

美術館について

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公益財団法人 本間美術館 [山形県 酒田市] > 美術館について

本間美術館は、江戸時代は豪商として、明治時代以降は日本一の地主として知られた本間家が創始者となり、昭和22年に開館した美術館です。
本間家は地域貢献を祖先以来の方針としてきた家でしたが、特に、敗戦後の社会の混乱と人心の荒廃を見て、日本美術の鑑賞を通じて自信と誇りを取り戻して欲しいという念願から、別荘と庭園を美術館として公開しました。当時の館の運営は創始者である本間家が単独で行ったものではなく、美術館の開館に賛同し、戦後の社会に夢を託した人々との共同作業だったと言えます。
 現在の本間美術館は公益財団法人となり、美術・文化に接することで人生が豊かになること願い、古美術から現代美術、歴史資料まで幅広い展覧会を開催しています。
本年5月に開館70年目を迎えるに当たり、開館の原点に立ち戻り、地域社会との共同事業を大切にし、親しまれ楽しんでいただける美術館、夢と美術との出会いのある美術館になるよう努めて参ります。

田中章夫館長

本間美術館の沿革

文化10年(1813)
4代光道、藩主酒井侯の領内巡検宿泊施設として、浜畑に別荘を作る。(現本間美術館の清遠閣と鶴舞園)これは、丁持(港湾労働者)たちの冬期失業対策事業として行われた。「清遠閣」は、茶室「六明廬」を備えた京風建築、「鶴舞園」は、鳥海山を借景に、中島を中心とする池泉廻遊式庭園である。
文政10年(1827)
5代光暉、別荘に諸木を植え、諸国の珍石を置き、庭園を修復する。
天保9年(1838)
5代光暉、失業救済のため別荘の大改築を行う。
天保10年頃
荘内藩主10代酒井忠器侯が別荘へ来遊。
明治9年(1876)
三條実美、山縣有朋、伊藤博文が来酒、三條実美が別荘にご宿泊。
明治25年(1892)
副島種臣が来遊、別荘にご宿泊。
大正10年(1921)
淳宮・高松宮両殿下が別荘にご宿泊。
大正14年(1925)
東宮殿下(昭和帝)行啓。本間家別荘「清遠閣」にご宿泊。
昭和22年(1947)
本間家別荘「清遠閣」と庭園「鶴舞園」を開放して、戦後初の私立美術館「本間美術館」を開く。
初代館長に本間順治氏が就任。
昭和23年(1948)
三重苦の聖女ヘレン・ケラー来酒。鶴舞園前庭に記念樹植樹。
昭和30年(1955)
運営母体「酒田美術協会」が、第1回斎藤茂吉文化賞を受賞する。
昭和37年(1962)
第11回河北文化賞受賞。
昭和40年(1965)
財団法人となる。博物館登録。(理事長:本間順治 館長:本間祐介)
昭和43年(1968)
新館落成。(延654平方メートル、設計者伊藤喜三郎、施工者大林組)
昭和58年(1983)
文部大臣より第1回地域文化功労賞受賞。
平成21年(2009)
「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で、鶴舞園が★★、清遠閣が★の評価を得る。
平成24年(2012)
鶴舞園」(清遠閣を景観に含む)が国の名勝に指定。
「国指定名勝 本間氏別邸庭園(鶴舞園)」となる。
平成25年(2013)
公益財団法人となる。
「公益財団法人本間美術館」が第59回斎藤茂吉文化賞を受賞。
令和4年(2022)
美術展覧会場のバリアフリー化が完成。