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室町時代に村田珠光(1423〜1502)によって「わび茶」の理念が掲げられ、千利休が大成させたことにより「茶の湯」という日本独自の文化が形成されました。酒田の茶道の機軸となる大森漸斎を流祖とした玉川遠州流は、文政二年(1819)秋田大館浄応寺の釈無等によって酒田大信寺の耕月によって伝えられています。明治末から昭和初期にかけて、茶の湯を嗜んだ本間家六代光美や八代光弥が中心となり、清遠閣(現・本間美術館本館)の茶室「六明廬」で茶会が盛大に行われました。日常の慌ただしさを忘れさせ、心身を癒してくれる緑豊かな庭園内での茶会は「市中山居の茶」と呼ぶに相応しいものだったことでしょう。
本間家伝来の茶道具は、財政支援の御礼として庄内藩主酒井家や米沢藩主上杉家などより拝領した道具や、酒田の迎賓館として利用された清遠閣にて多くの客人をもてなすために用意されたものです。
本展では、本間家で大切に伝えられてきた茶道具を中心に紹介し、その造形的な美しさと、茶人たちの美意識を感じて頂けたらと思います。
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